今道友信

幼児が水墨画に惹かれるということがあろうか。それは現代の普通の都市生活者の家庭ではまず考えられないことである。一木一草が天地の生命の象徴であるということを理解し、しかも、日常の体験によって、緑の色などは四六時中のわずか日の光の射しているときだけの色のすぎない仮象の状態であるということを十分に理解し、物の真相はけっして現象の再現では捉えられないというようなことも理解しうるほどに逞しく成長した知性が十分深く働き出したときに、人ははじめて、華美な色彩を持たない、そしてまたわずか一葉の竹の葉しか書かれていないような水墨画においてこそ、本質の世界が拓かれるのを感じ、天地にあまねく悠久の生命を看取し、人間の一生の短さと大自然の永遠の躍動を体得するにいたる。こういう心構えが知性的にできあがっていなければ、水墨画の鑑賞をすることは出来ない。